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  1. 奈良大学紀要
  2. 第34号

三四二晩年の死生観: 亡き母へ

https://nara-u.repo.nii.ac.jp/records/2001780
https://nara-u.repo.nii.ac.jp/records/2001780
24164f24-8ab8-458e-aa64-c16028bfa9ce
名前 / ファイル ライセンス アクション
AN00181569-20060300-1018.pdf 三四二晩年の死生観: 亡き母へ
アイテムタイプ 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1)
公開日 2012-01-20
タイトル
タイトル 三四二晩年の死生観: 亡き母へ
言語
言語 jpn
資源タイプ
資源タイプ識別子 http://purl.org/coar/resource_type/c_6501
資源タイプ departmental bulletin paper
その他(別言語等)のタイトル
その他のタイトル La conception de la vie et de la mort chez Miyoji UEDA
著者 大町,公

× 大町,公

ja 大町,公

ja-Kana オオマチ,イサオ

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所属
値 社会学部
抄録
内容記述タイプ Abstract
内容記述 上田三四二は生涯に二度大病を患った。四二歳で結腸癌を患い、一度は生を諦めた。上田にとって、死は存在の消滅を意味した。「死後」は考えられなかった。どの宗教をも信じることができなかったのである。上田は幸いにも生き延びることができた。再出発に当たり、『徒然草』から「生き方の極意」を学んだ。その後、ジャンケレヴィッチ『死』に出会い、「死のむこう側の死」に関心を拡げる。また、自然の中に超自然の可能性を見ることを教えられる。上田は五十代後半、兼好を離れ、西行、良寛へと傾斜していく。二度目の大病は、六十歳での前立腺癌である。「三四二晩年」とはこれ以降を指す。その死生観は、良寛の二つの歌、「つきて見よひふみよいむなやここのとをとをと納めてまたはじまるを」と「沫雪の中にたちたる三千大千世界 またその中に沫雪ぞ降る」に見られる時間論と空間論を骨格にして作られている。
書誌情報 奈良大学紀要
Memoirs of the Nara University

号 34, p. 101-115, 発行日 2006-03-01
出版者
出版者 奈良大学
ISSN
収録物識別子タイプ PISSN
収録物識別子 03892204
資源タイプ
内容記述タイプ Other
内容記述 Departmental Bulletin Paper
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