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信について: 『宝性論』を中心として
https://nara-u.repo.nii.ac.jp/records/2001171
https://nara-u.repo.nii.ac.jp/records/2001171cd996ec3-f10f-4d15-95ca-0efae2bd9a30
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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| アイテムタイプ | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||||||
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| 公開日 | 2011-02-10 | |||||||||
| タイトル | ||||||||||
| タイトル | 信について: 『宝性論』を中心として | |||||||||
| 言語 | ||||||||||
| 言語 | jpn | |||||||||
| 資源タイプ | ||||||||||
| 資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||||||
| 資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||||||
| その他(別言語等)のタイトル | ||||||||||
| その他のタイトル | A Study on the Faithin the Ratnagotravibhaga | |||||||||
| 著者 |
市川,良哉
× 市川,良哉
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| 所属 | ||||||||||
| 値 | 教養部 | |||||||||
| 抄録 | ||||||||||
| 内容記述タイプ | Abstract | |||||||||
| 内容記述 | 宗教における「信」は,「神的なるもの(das Gottliche) に対する安心,信頼の心情である」といわれる.これは,キリスト教でいうと,この信〔仰〕において神は人間に永遠を啓き示す.啓示 (Offenbarung) である.人間は自らに永遠の未来があることを確信する.「理解せんがためにわれ信ず」(アンセルムヌ)とは,そこでかかわってくる心情である.しかしまた,それは理性的知識を超えるものである.そこから,「不合理なるがゆえにわれ信ず」(テルトリアヌス)といわれる.いずれにせよ,ここでの信は欠くことのできないものとして考えられる. | |||||||||
| 書誌情報 |
奈良大学紀要 Memoirs of the Nara University 号 5, p. 120-128, 発行日 1976-12-01 |
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| 出版者 | ||||||||||
| 出版者 | 奈良大学 | |||||||||
| ISSN | ||||||||||
| 収録物識別子タイプ | PISSN | |||||||||
| 収録物識別子 | 03892204 | |||||||||
| 資源タイプ | ||||||||||
| 内容記述タイプ | Other | |||||||||
| 内容記述 | Departmental Bulletin Paper | |||||||||