@article{oai:nara-u.repo.nii.ac.jp:02001025, author = {東野,治之}, issue = {27}, journal = {文化財学報, Bunkazai gakuho, Bulletin of the study of cultural properties}, month = {Mar}, note = {Journal Article, 奈良県王寺町に遺跡をとどめる片岡王寺は、七世紀末にその存在が確認される白鳳寺院で、戦前の現地観察などから、東向きの法隆寺式伽藍配置を持つことが判明している。その南方、香芝市尼寺では、近年尼寺廃寺跡の調査が進み、これも東向きの法隆寺式伽藍配置を持つ尼寺北廃寺と、南向きの法隆寺式伽藍配置を持つ同南廃寺の所在が明らかとなった。特に北廃寺の壮大な塔跡と心礎上の鎮壇具の発見は、発見当時大きな話題となり、寺名比定をめぐり議論を呼んだ。\nこの内、片岡王寺に関しては、かつて渡来系の大原史氏の寺とする説が有力であったが、現在では敏達系王族、大原真人氏の寺とする見解が有力である。また尼寺廃寺については、飛鳥池木簡にみえる波若寺とみる説が優勢であろう。\nただ、片岡王寺をめぐる敏達系王族建立説には、史料の取り扱い上、なお問題が残っており、尼寺廃寺に関しては、その建立背景など解明を要するところがある。本稿ではそれらの諸点について、主に文献史料からもう一度検討を加えてみたい。}, pages = {1--7}, title = {片岡王寺と尼寺廃寺}, year = {2009}, yomi = {トウノ,ハルユキ} }